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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana) ・ 象 : [ぞう] 【名詞】 1. elephant
ジギー(Ziggy、1917年頃 - 1975年10月27日)は、シカゴ郊外のブルックフィールド動物園(:en:Brookfield Zoo)で飼育されていたオスのインドゾウである。ジギーの体重は約6トン、体高は約10フィート以上に及んだ。 ジギーは1936年から1975年までブルックフィールド動物園で飼育されていたが、1941年に飼育係を死なせかける事故を起こして、鎖で繋がれた上に屋内の囲いに30年近く監禁されることになった。ジギーの監禁は、1960年代後期に児童や動物愛好家たちが解放を求めたことにより終息した。1970年にジギーは外に出ることを許され、1年後には動物園内に象向けに設計された屋外設備が造られた。しかし、ジギーは自由な時間を僅かしか過ごすことができず、1975年に死んだ。 == 前半生 == アジア生まれのジギーは、1920年にフローレンツ・ジーグフェルドが、彼の6歳になった娘への誕生日プレゼントとしてジョン・リングリング(:en:John Ringling)から購入した象である。ジギーは当時体重250ポンド〔約113.4kg〕の子象であった。しかし、ジギーはジーグフェルドの所有する温室を破壊してしまい、ジーグフェルドはリングリングに象を買い戻させた。ジギーはシンガー・ミジェット・サーカス(:en:Singer's Midget Circus)に転売され、そこでチャールズ・ベッカー(Charles Becker)という人物に踊りや喫煙、ハーモニカ演奏などの芸を教え込まれた。 1936年にサン・ディエゴで開かれた博覧会に出た後、ベッカーは病に倒れた。ジギーは新しい調教師ジョニー・ウィンタース(Johnny Winters)と組むことになった。しかし、ジギーはウィンタースに懐かず、脱走してしまった。後にジギーはバルボア・パーク(:en:Balboa Park, San Diego, California)で発見されたため、ベッカーは病床から象を手なずけるために呼ばれた。幾つかの記録は、ジギーはこの脱走中にあるトロンボーン奏者を死なせたと主張しているが、これを裏付ける証拠は発見されていない〔Midget's whistle brings back Ziggy, runaway elephant". Chicago Tribune. February 22, 1936. 2.〕。 この事件で、サーカスはジギーをこれ以上飼っておけないと判断して、ブルックフィールド動物園に売り渡すことにした。ジギーは1936年7月に動物園に登場し、来場者の人気を呼ぶことになった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ジギー (象)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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